久々に予定のない休日、タリウスは自室で読書に興じていた。
「シェール?どこに行くつもりだ」
微かに風が動くのを感じ、活字から目をあげると、 ドアと壁の隙間に弟の背中が見えた。
「お外」
「ダメだ」
「なんでぇ?雨ならもう止んだよ」
シェールは口を尖らせながら、出窓を指差した。
「どれ」
そんな筈はないと、タリウスが窓を開ける。 確かに先程までに比べれば雨足は弱まっているが、 それでも目を凝らせば細かい雨粒が見える。 窓から手を伸ばすまでもなかった。
「まだ降っているだろう。今日のところは諦めろ」
「ヤダ!外行きたい!遊びたい!!」
弟はドンドンと床を踏み鳴らした。
「こら、静かにしなさい」
「ヤダ!ヤダヤダヤダ!」
これではまるで埒が明かない。タリウスは興奮する弟を捕らえ、 ベッドへ連行した。 シェールは手足をバタつかせめちゃくちゃに暴れた。
「こら!」
牽制のつもりで軽くお尻をはたくと、益々抵抗が強くなった。
「お兄ちゃんなんかキライ!いなくなっちゃえばいいんだ!」
「何?」
タリウスは低く言って、乱暴に子供を放り出す。
「わかった。明日の朝には出ていこう」
「うそ?本気で言ってるんじゃ…」
シェールはベッドに投げ出されたまま、目を見張った。
「もちろん、嘘だ」
「なっ、なんでそんなひどいこと」
「本当にひどいのはどっちだ」
「だって」
「だって?」
「だってぇ」
幼子の瞳はたちまち力を失い、みるみるうちに涙でいっぱいになる。 ズキリと胸が痛んだ。
「だぁっってっ…」
辛うじて絞り出される声の弱々しさに、 タリウスはもはや我慢が利かなくなる。
「…ごめんなさぃ」
「よし、もう良い」
それ故、謝罪の言葉を聞いたところで、タリウスはすぐさま弟を抱き寄せた。良くできましたと言わんばかりにだ。
「ごめんなさい。もう言わない。絶対言わないから、 いなくならないで」
シェールは兄にしがみつき、ぐすんと鼻をすすった。
「当たり前だ。お前の意地悪に仕返しをしてやろうと思ったが、 大きな間違いだった。すまない」
普段、弟にあれこれ小言を言っているだけに、決まりが悪い。 だが、シェールの視線は、そんなタリウスを通り越し、 窓の外へと注がれていた。
「お兄ちゃん!あそこ、虹!」
「うん?」
「見てきて良い?」
「ああ、良いよ」
兄の許しを得るなり、シェールは慌てて部屋から飛び出していく。 そんな弟の横顔もまた、雨上がりの如く晴れやかである。
了
この後、ことあるごとに「出ていけ」を乱発するタリウスですが、、、この頃はまだ知るよしもない。